消え行く言語『方言』、その保存・伝承の必要性
現在、世界では約6,000から7,000の言語が話されていると言われていますが、過去500年の間に、全世界の言語のおよそ半数が消滅したと考えられています。さらに、少数民族を始めとする話し手の急速な減少や、インターネットの普及による世界のグローバル化が進むなど、様々な原因によって、このままでは、21世紀中に現存する言語の、約半分から9割が失われてしまうのではないかと危惧されています。
2009年、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の発表によれば、約2,500の言語が消滅の危機に晒されているとの調査結果があきらかにされました。日本国内ではアイヌ語、八丈語、奄美語、沖縄語、国頭語、宮古語、八重山語、与那国語の8語が危機言語リストに挙げられています。この内、アイヌ語、八丈語を除く6語は全て琉球方言(琉球語)で、これらの言葉は「琉球諸語」と呼ばれています。
言語学の調査研究によると、北は奄美大島・喜界島から南は波照間島、西は与那国島に至る、全長1,000kmに及ばんとする広い海域に点在する50余の島々で話されている「琉球諸語」は、『琉球語祖語』が九州から島伝いに南下し変化したもので、島々に普及するに際しての出発点となったのが「奄美方言」とされています。奄美には、かけがえのない自然生態系や野生生物が数多く残存し、周囲の自然と一体となった生活文化や地域風土が色濃く伝えられてきました。この奄美の生物多様性、文化多様性の豊かさが、「奄美方言」を形作ってきたのです。
しかし、TVなどのマスメディアによる共通語の浸透、そして核家族化や地域コミュニティの衰退などにより、地域に根ざした独自の文化である「方言」の継承は、より困難な環境に置かれています。そして、基本的に話し言葉である「方言」は、話し手の減少により急速に失われつつあります。「方言」は古くから、それぞれの地域で使われてきた「ことば」です。「方言」はその地域をとりまく自然環境、培ってきた歴史・文化を反映して形作られてきたものであり、「共通語」では表現することが難しい、きめ細かな差異やニュアンスの違いを伝えることができるほか、他の地域には存在しないモノやコトの情報が、固有の表現を伴って語り伝えられています。「方言」を保存・伝承することは、地域の伝統や習俗、「ことば」に表れた文化の独自性や多様性を保存・継承していくことに繋がっています。
「奄美方言」は、標準語とは全く掛け離れた言語であり、鹿児島の人でさえ殆ど分からないほど独特な言葉です。古事記や万葉集に出てくる古語が今も使われ、発音にも大きな特徴があります。奄美大島で「島口」「シマユムタ」「シマクトゥバ」と呼ばれている奄美の「ことば」は、喜界島では「シマユミタ」、徳之島では「島口」「シマユミィタ」、沖永良部島では「島ムニ」、与論島では「ユンヌフトゥバ」と呼ばれており、奄美群島の島ごと、さらに、それぞれの地域や各集落ごとに違いがあります。
この多様性に富んだ奄美の方言「島口」を流暢に話せるのは、今やお年寄りやごく限られた人たちとなっており、若者や子どもたちは、話すことはおろか聞き取ることもおぼつかないような状況にあります。普段あまり使うことがなくなった「島口」を学び、話せるようになるためには、日常での会話が重要です。そして、その「ことば」を自在に操ることの出来る先達とのコミュニケーションが必須であり、古くから地域社会を構成してきたお年寄りの方々との交流も重要です。
私たちは、方言を知らない、しゃべれない子どもたちや若者が「島口」を知り、慣れ親しみ、方言への興味・関心を持ち、さらには高齢者との交流機会や地域住民同士のコミュニケーションにも役立つきっかけとなるものが必要だと考え、『奄美島口ラジオ体操』や奄美方言のかるた『島口ことわざかるた』を「シマユムタ伝える会」とともに企画・制作しました。これらを通じて「島口」を保存・伝承する活動へとつなげていきたいと考えています。